犬猫の不妊手術、“どこで手術しても同じ” ではありません

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犬猫の不妊手術、“どこで手術しても同じ” ではありません

 

最近、動物愛護の観点から、行政も関与し不妊手術の助成や安価な不妊手術がクローズアップされていますが、不妊手術の方法(術式や麻酔、術前・術後の処置)は全て同じではありません。

 

施設や獣医師の考え方により様々です。値段も病院によって様々ですがある程度の適正価格はあります。「高い=良かろう」、「安い=悪かろう」ではありませんが、コストを削減すれば安全性も低下することは確かで、価格に反映されることも事実です。あまりにも適正価格より外れている場合は、お勧めは出来ません。

 

なぜ、料金にばらつきがあるのでしょうか?

     獣医師の考え方の違い

十人十色。術式や使用する機器には、それぞれの考えがあります

     広告規制の問題

動物病院は、技術や医療機器を公開(宣伝)してはいけない決まりになっています。

     価格設定が一律に出来ない

人の様な保険点数ではありません。各動物病院での自由価格設定です。公取の問題から価格を一律に出来ず、もし同業者同士で価格を決めると談合になります。

 

以上の理由から、どの様な方法でどの様な機器を使い、どの様に手術をしているか?公開が出来ないため、逆にベールに包まれてしまうのです。

結果、省こうと思えば省くだけ省いて手術をすることは可能です。例えば、手術時に手袋もマスクをしないで素手で手術をしてもわからないのです。

現在でも

・手術着に着替えない

・手術室ではない場所、診療室や処置室で手術をする

・麻酔は、気管挿管をしないで注射麻酔だけで行う   などの動物病院もあります。

 

皆さんの大切な家族の一員が手術する場合、それで良いですか?

また飼っている犬猫と野良猫は別と考え、ノラ猫は安価な場所で手術をする方も少なくありません。それは正しい選択ですか?

本当の優しさなのでしょうか?

同じ大切な一つの命です。そこに妥協をするべきではないと私は思います。

 

服装以外でも麻酔方法や術式、手術に用いる機材、術中のモニタリングや処置、様々な過程でコストカットすることは可能です。コストカットが患者にとって、飼主にとって、有益につながるのなら良いですが、どちらかと言うと、危険性、リスクが増す可能性が高いです。

エビデンスに基づく不妊手術についてと、コストカットされやすい箇所について書いてみました。

手術前の処置→手術→手術後の処置 実際の手術の流れにそって進め、参考程度に私見もつけ足します。

 

先ずは、不妊手術をするかしないか?

不妊手術は、不妊を目的とする以外に、精巣や卵巣から分泌される性ホルモンに起因する問題行動の阻止、性ホルモンの関連する多くの疾病を予防する目的があります。

しかし麻酔リスク、術後の後遺症、術後の皮膚疾患、子宮断端肉芽腫、尿失禁、発情回帰、肥満などもありますので、短所と長所を理解した上で行う必要があります。

 

手術方法について

オス=去勢手術

   手術の方法は、睾丸の摘出です

メス=避妊手術

   方法は2つ

     卵巣摘出術(卵巣のみを摘出)

     卵巣・子宮全摘出術(卵巣と子宮の両方を摘出) 

 

術前の処置について

     術前検査 

通常は、血液検査とレントゲン検査になります

コストカット 術前検査をしないという選択

 

(経験からの私見)

飼主様が気づいていない病気が隠されている場合があります。術前検査はやる意味はあります。当院では聴診・視診・触診と問診で問題がない場合、術前検査は飼主様に選択してもらいます。術前検査をする方、しない方の割合は半々です。

以前、聴診視診触診で問題なく、飼主様が術前検査を希望され、検査を行った猫ちゃんがい

ます。

結果、レントゲン検査で横隔膜ヘルニアが見つかり手術は中止となりました。横隔膜ヘルニ

アは、胸とお腹を分けている横隔膜に穴があいた状態です。この状態で開腹した場合、胸に

空気が入り心臓停止になります。これは本当に術前検査をして助かった、良かったケースで

す。

     術前の点滴

血管から行う手術前の点滴です。

コストカット 術前点滴はしない

 

(経験からの私見)

手術当日は経口的に水分の補給が出来ないため軽度の脱水になっている場合がありますので術前に血管からの点滴(輸液)を行うことが望ましいです。

飼主様の時間的な問題、犬猫のストレスもありますので、当院では手術は午後から開始なの

で、午前中から点滴を開始しています。

 

     消毒

動物側:毛刈り・術野の消毒・術野の覆布

術者側:術衣ガウンの着替 手首の洗浄消毒 手袋の装着

     術部から感染症を起こさない様、毛刈り消毒は徹底して行う必要があります。

     コストカット

・手洗い(手首の洗浄・消毒)をしない

・診療と同じ服装で手術をする、術衣に着替えない

・患部の消毒を十分に行わない。術部を滅菌された覆布で覆わない

・手術室以外で手術をする

 

(経験からの私見)

     抗生剤の投与により、術後の感染症は少なくなりました。しかし日常の診察では糞便検査や尿検査から疾患をもった犬猫を診察しています。それだけ衣服には細菌(ばい菌)が付着しています。そのため手術時は、術衣に着替え滅菌された覆布で切皮する場所以外は出来るだけ露出させず、無菌的に手術は実施するべきと私は思います。

 

     術前薬の投与

↓  麻酔前投薬・抗生剤・鎮痛剤投与

抗生剤は、感染を防ぐための投与です鎮痛薬の投与は、術中の疼痛管理です。

コストカット 鎮痛薬を投与しない

 

(経験からの私見)

切皮や結紮による痛みからくる心拍数の増加は、リスクになります。

     麻酔前処置薬・導入麻酔

心拍数を保つためや導入をスムーズに行うために行う注射です

コストカット 投与しない

 

(経験からの私見)

心拍数の低下や速やかな麻酔導入ではない暴れたり興奮した状況での麻酔導入は身体にかなりの負荷をあたえリスクを伴います。

     気管チューブ挿管

↓  

気管内に入れるチューブです。

コストカット 気管チューブを入れずマスクのみで行う

 

(経験からの私見)

麻酔管理の上で気管挿管は必要です。猫の去勢の場合、開腹ではなく短時間で終了するた

め、吸入麻酔は用いないと言う獣医師もいます。気管挿管をして気道を確保することは、麻

酔の濃度管理、呼吸停止の場合の迅速な人口呼吸器へのアシストが可能です。

 

     ガス麻酔に移行

気管からの麻酔薬です。

コストカット ガス麻酔に移行せず静脈麻酔での維持

 

(経験からの私見)

ガス麻酔に移行することで、麻酔深度の調節がしやすくなり安全です

獣医師によっては、猫の去勢手術は、開腹ではなく、短時間で終了するため、ガス麻酔を用いない獣医師もいます。

手術・術中処置

     呼吸が不安定な場合は人口呼吸機の装着

呼吸抑制や呼吸が停止した場合にアシストする機器です

コストカット 気管挿管はしない。人工呼吸器を常備しない

 

(経験からの私見)

麻酔中は呼吸が停止することは日常的にあります。呼吸停止から数分で心停止になります。

このリスクを軽減するため、人口呼吸器は必要です。

     術中点滴

血管からの輸液です。

コストカット 術中点滴はしない

 

(経験からの私見)

出血や血管を結紮するため、生命維持に術中の水和は大切です。

 

     術中モニタリング

 手術中に生体の状況を観察するための機器です

 コストカット 術中モニターをしない

 

(経験からの私見)

体温、心拍数、呼吸数、血圧、酸素飽和度 等様々なモニター機器があります。数ではありませんし、機械に頼りすぎるのもいけないですが早期に様々な角度から異常を感知する事はリスク回避ため重要です

 手術方法(術式)

     卵巣摘出術

     卵巣子宮全摘出術

どちらにするかは獣医師により変わります。卵巣さえとれば、子宮蓄膿症や乳腺腫瘍は予防出来ると言う考えから卵巣のみを摘出する考えと、子宮における病気を完全に予防したいと言う考えから卵巣と子宮を摘出する獣医師に分かれます。

手術前に術式を伝えていない獣医師は多いと思います。

コストカット 卵巣摘出のみの方が時間短縮でコストカット

 

(経験からの私見)

私は基本的に②の卵巣子宮全摘出です。しかし麻酔のリスク、他の疾患、年齢により卵巣のみの摘出をすることもあります。

 

術後処置

     患部の包帯処置

切開部に包帯を巻きます

コストカット 患部はそのまま。包帯等で覆わない

 

(経験からの私見)

患部を覆うことは感染予防と圧迫による止血、患部の熱感や腫脹を軽減します。エリザベスカラーや術後服を着用することで、自損による抜糸、感染、離開を予防できます。


     術後点滴

手術後の血管からの点滴

コストカット 点滴はしない

 

(経験からの私見)

術後に起こる腎臓や肝臓などの麻酔による負荷を軽減します。

 

     入院看護・栄養管理

・術後、安静下での経過観察と栄養補給

コストカット 入院なしでキャチアンドリリース

 

(経験からの私見)

開腹や麻酔をかけることで様々なストレスはかかります。術後1日は絶対安静です。入院看護での経過観察は必要です。但し、性格により入院が困難な場合もあります。その際は退院もあります。過去、他院にて術後直ぐに放され、患部が離開。内臓がでてしまっている症例がいました。

 

     疼痛管理

痛み止めの投与および処方

コストカット 痛み止めなし

 

(経験からの私見)

動物も人同様に痛みはあります。痛みを取り除いてあげることで治癒を早め、QOLの向上になります。また消炎効果もあり治癒を早めます。

 

     患部の消毒から抜糸

術後の消毒と抜糸です

コストカット

・キャッチアンドリリースをするため皮膚の縫合を吸収糸(とけて消失する糸)のみで縫合

     

    (経験からの私見)

     皮膚縫合は、非吸収糸(とけない糸)で縫合することは強度があり離開や感染する確立も

     を少なくすることができます。

 

その他、手術室の滅菌レベル、人員の配置から各種モニターの機器、使用する器具の滅菌方法、術衣や覆布は再生するか、一頭一頭使い捨てのディスポーザブルを用いるかなど、様々な要因で価格は決まります。

また血管を縫合する方法として、基本は合成吸収糸(吸収して消失する糸)で縫合しますが、この糸にも様々な種類とランクがあります。また糸を使わず血管をシールドしたり、電気メスや鋼線(外科用はり金)など様々です。短所と長所がありますのでこの点は、獣医師の考え方になります。

 

今回この様なことを書かせて頂いたのは、最近、地域猫やノラ猫に対してボランティアとして低価格で不妊手術を行っていると言う記事が増えてきました。

 

その中で、全てではないですが、術衣を着ないで手術をしている写真や、大きな部屋でテーブルがいくつも並べられ、一度に数頭の猫の不妊手術をされている写真などが掲載されたりしています。

 

ボランティアとしての志や行動には敬意は示しますが、本来の獣医医療行為としては少々疑問をもっています。

 

命を預かる獣医医療行為として、それは他の国の方々が見た場合、どの様に感じるのか?

世界基準ではどうなのか?日本の獣医医療のレベルを下げていないか?

 

私にも小学校の子がいますが、この様な記事をみて「パパ、この先生たち、すごいよね」と言われ、私も「そうだね。すごいね。」と、素直に言えない自分がいます。

マスメディアの方々も、この様な活動は素晴らし獣医医療行為で、皆から絶賛されているかの様に掲載をしています。

それを見て小さな子供達は育ちます。我々獣医師にも責任はあると思いますが、私たちが扱うものは「物」ではありません。「命」です。

 

大切なたった一つの命です。それは「ノラだからこれで良し」ではないと思います。

同じたった一つの命。それぞれがそれぞれの立場で「命の重み」を感じ、「基準」の設定は難しいですが、上でも下でも「枠」を超えるのであれば、エビデンス「最低基準」を踏まえた上で、それぞれが責任のある「命に対する対応」をして頂けるとありがたいです。

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